幼いころからずっと見ているから、その形や、そもそもなぜシンボルを設置したのかなんて、まったく疑問に思いませんでした。しかし、よく考えるとあれは不思議ですよね。他の街にも、いわゆるシンボルはあるのでしょうけど、どうして機能性を持たないシンボルが創られ、今でも当たり前のように存在しているのか。しかも、我々は今日も当たり前のように、その下をくぐり続けています。
創ってはいけないという話でもないですし、あんなものに意味はないと言っているわけではありません。むしろ、そういう物事に時間やお金、心血を注ぐことを、僕はとても大切なことだと思っています。それは、心にも身体にもゆとりがあったという時代を表すための象徴でもあると思うからです。この街が秘めているポテンシャルの証明でもあるのです。
多くの市民が、大人になるまでに一度は絵にしたことでしょうし、何度も何度も目印の役割を果たしてきたことでしょうから、実用性を度外視したそのシンボルは、長い年月の中で機能性を手に入れ、市民には、知らないうちにこの街の市民であることの誇りを植え付けることに成功したのだと思います。それは、僕が求める美楽でもあります。
まぶしいオレンジ色の夕陽があの銀ボルと重なった時。その眺めが、今も僕の目に焼き付いています。
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