<�絶対に甘党宣言!>僕の大好きなクラリネット【がやてっくグルメ】
- 2022/03/13 06:00
- あー さん
- がやグルメ

<ドドドドン>
<タンタンタン>
<ボーペーキェー>
第24回越谷市消防音楽隊定期演奏会はあっけなく中止となった。
もしかしたら開催されること自体がただの聞き間違えだったのかもしれない。
ウィルスのまん延によるものだが、どこか違う、別の大人の事情が汲み取られているように感じた。
「まぁ、仕方ないわ。」
浩美はクラリネットを片付けていた。
諦めるか、諦めないか。
浩美はいつも気持ちが揺れ動いていた。
それは過去の実績と周りの期待を考えれば当然だった。
夏の終わりに行き場を無くしたクラゲのように、フラフラとユラユラとした気持ちの揺れだった。
永遠とも思える心地よさと、その隙間に入ってくる切なさが入り混じる、けど線引きはされている淡い恋のような状況だった。
すべてを片付けた後、浩美は外を眺めた。
右手の親指に少し疲れを感じた。
マウスピースを加える深さに悩んでいた10代も終わり、20代の半ばに差し掛かった。
女性で消防隊員は近年は珍しくもない。
どこかの何とか隊長が「女性比率を3%まで引き上げた」と社内で自慢していたが、10年前の1%も3%もほとんど変わらないよな、と誰もが呟いていた。
その呟きはいつも通り遠慮をしながら窓の隙間から出ていった。
「世の中ってそういうものよね。」
<ドドドドン>
<タンタンタン>
<ボーペーキェー>
・
・
・
浩美は大きく背伸びをした後に、時計をのぞいた。
今日は夜勤だ。
夜中の1時。
誰も私の存在など気にすることのない夜中の1時。
事務所の引き出しに入れていた煎餅を齧ろうかと思った。
引き出しを引いた瞬間、誰かが入ってきた気がした。
扉を睨むと気配は消えた。
浩美は吸い込まれるように扉へ向かい、開けた。
そう、全てを理解した上で開けた。
その扉の先にはログハウスのような部屋が存在した。
もちろん存在してはいけないはずだが、浩美は全てを受け入れることに実に成功ししていた。
いや、むしろ望んでいたことなのかもしれない。
机に座ると、少しの間もなくデザートが提供された。



それは、小学生の頃、自宅に帰ってからランドセルを床に置いた瞬間に「宿題は?」と声を掛けてくる母親の名ゼリフと匹敵るするほどの間だった。
浩美は店内で時計を探したが、そのバカげた行為に自分で笑った。
「私の負けだわ。」
甘党宣言の前に余計な思考は無駄だった。
分かっていたのだが、抗いたくなる自分もいた。
そう、消防士になると決めたのは自分だ。
一体、何人の人に反対されただろうか。
ため息をついては人々は言いたいことを吐き捨てた。
その捨てられた言葉を掃除をするのはいつも私だった。
みじめな姿を誰もが見て見ぬふりして通り過ぎていった。
私は気にすることはなかった。
しかし、もう一人の自分が定期観測した際、ひどく汚れているという報告を逐一してきた。
<ドドドドン>
<タンタンタン>
<ボーペーキェー>
浩美はデザートを夢中で頬張った。
クラリネットは口を膨らませずに吹く楽器だ。
そう考えると、久しぶりに頬を膨らませた気がした。
普段は少しずつ食事するタイプだから、頬を膨らませることはない。
<ドドドドン>
<タンタンタン>
<ボーペーキェー>
私は私でしかない。
浩美は心の「何か」を開放し頭を撫でた。
「これが私の生きる道。」
・
・
・
浩美は事務所に戻ると、大きく深呼吸した。
それは机も椅子も全部吸い込んでしまうほどだった。
「消防副士長」
声に出してみたら実感が湧いてきた。
クラリネットの演者としての私を愛してくれた人のことは気にならなくなった。
私は私のやりたいことが明確だった。
<ドドドドン>
<タンタンタン>
<ボーペーキェー>
「よし、消防士を極めてやるわ。」
浩美はもしかしたら初めて決心をしたかもしれない。
新しい「君」と共に。
~END~
※絶対に甘党宣言!の物語はフィクションですが、登場しているデザートは越谷市内の店舗で実際に提供されているデザートです。
※今回は「珈琲屋OB 花田店」さんのデザートでした。